相次ぐ災害のなか、諸政策を打ち出す磐城泉藩主・本多忠籌泉藩においては、本多忠籌(ただかず)が宝暦4年(1754)、16歳で泉藩2代目の藩主となった。そのときすでに藩の財政は逼迫していて、宝暦7年(1767)の凶作後の困窮を乗り切り、財政再建のため、石高15,000石のうち5,00 ...